院長ブログ 片言自在

25. お歌を作ること

狂歌かな意味の分からぬ言葉使い
お歌成り立つ感覚嬉し

短歌は、57577である。一般的には俳句を作るより難しい。

古代より、短歌は芸事の最高峰であった。上品で、気品があり、上流階級が治める教養であった。現在でも、短歌を読む人はそれほど多くはない。

私は、なぜか短歌が好きである。その原理も基礎もわからないが、センチな気分になるとなぜか短歌を詠みたくなる。

最近奇妙な体験をした。

昼寝をして、寝起き寝ぼけ状態でボーとしていたのである。

突然短歌が沸き起こってきた。なんとかでーーーー。ところが出てくる言葉には、さっぱり意味がないのである。まるでラップをやっているようなものである。脳の回線が狂ったのか、と思ったが、それが意外と心地いいのである。

他人から見ると、狂ったように見えるかもしれない、言葉。ところが本人には、この発狂したような、言語表出が、いたく心地いいのである。

考えてみると、意味のある言語を表出できないという感覚に身を任せて、その感覚を受け入れ、その感覚をドライブしている感じである。

認知症やアルツハイマーの方々もこのような感覚を味わっているのか、とも思う。

脳神経回路がいわゆる正確に機能しないのは、側から見ると気の毒に思えるかもしれないが、案外当人はこの間、この感覚を楽しんでいるかもしれない。となると、この方々の持つ、この感覚を無理やり他人と同じ感覚に引きずり戻す必要性はないのかもしれないーーーーーー。

狂歌などど、ふと思ってしまうひと時であった。

クリニック チクサヒルズ 院長
林 衆治

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